職員のさじ加減?

納税額をごまかそうものなら、とんでもない情報収集力と調査力を駆使して取り締まる。

 映画『マルサの女』(東宝)ではないが、税務署に対して、そんな印象を持つ人も多いのではないだろうか。しかし、元東京国税局国税調査官の税理士・松嶋洋氏は「税務署は、意外といい加減な組織だ」と語る。

 そのいい加減さゆえ、納税者が不当な税金を徴収されるなど、損をすることもあるという。知られざる税務署の実態について、松嶋氏に話を聞いた。

●「これは自分の仕事ではない」と思いながら仕事をする税務署員

–税務署がいい加減なため、納税者が損をすることがある。これは、具体的にはどのような事例があるのでしょうか。

松嶋洋氏(以下、松嶋) 納税者にとって身近な例が、税務署職員による「誤指導」ですね。確定申告の会場で、職員の指示通りに書類に記入して提出したのに、後になって申告漏れが発覚して追徴課税される、というパターンはよくあります。

–最初は「80万円の所得税」だったのが、後になって「やっぱり100万円払え」と言われるようなケースですね。庶民にとっては、数万円でも大金です。なぜ、このようなミスが起こってしまうのでしょうか。

松嶋 まず、税務署という組織自体に原因があります。税務署は、法人税、所得税、資産など、税目によって部署が分割された縦割りの組織になっています。しかし、確定申告の時期になると、多くの納税者が申告会場に押し寄せるため、所得税の担当だけでは対応できません。

 そこで、法人担当の職員なども相談員として駆り出されるのですが、縦割りの組織ゆえに管轄外の業務には無関心ですし、そもそもほかの税目に関しては知識がありません。そのため、他部署の仕事を手伝う際は、「これは自分の仕事ではない」と思いながら仕事をしている人が少なくありません。

 しかも、相談窓口だけでも1日に何十人もの話を聞かなくてはならないため、業務自体もかなりきつい。そのような事情もあり、納税者への対応がつい適当になってしまうこともあるのです。


●納税者の対応次第で課税額が変わることも

–納税者とすれば、税務署職員は「税のプロ」であり、納税者の不正を見逃さないように、全員が目を光らせているイメージがあります。

松嶋 全然そんなことはありません。確定申告の会場でも「早く帰りたい」と思いながら仕事している人が多くいます。反対に、税務調査の段階になると、とたんに職員のモチベーションが高くなり、厳しい調査を行います。税務署は安易な節税や不正を嫌うため、それなりに稼いでいる人に対しては、重箱の隅をつつくようにしつこく追及する職員もいます。

–お金のない人からすれば、稼いでいる人には、しっかり払うべき税金を払ってほしいですが。

松嶋 しかし、税金というのはグレーな部分が多く、法律的に間違いかどうか、不正に該当するかどうか、これらのボーダーラインが非常に曖昧なのです。そのため、納税者の出方次第で課税額が変わることも少なくありません。

 例えば、年収が数千万円のような個人事業主が法人をつくり、その法人に経費を支払うなどして節税するケースがあります。これは大抵“シロ”で通ります。しかし、税務署としては「あわよくば、税を徴収したい」と思っているので、税務調査の際に「こういった行為は認められない」などと言って、プレッシャーをかける事例もたくさんあります。

 交渉の方法も職員によってさまざまで、「半値にまけてやるから従いなさい」ということもあれば、よく確認もしないのに「絶対に不正しているだろ!」と暴言を吐くなどしてトラブルになる職員もいます。それこそ、税務署に免疫のない人は怖くなり、指導に応じてしまうでしょう。一方、しつこくゴネる人に対しては、職員も相手をするのが面倒なので、あっさりと引き下がることもあります。

–税務署への対応の仕方を知っている人が得をする、という仕組みなのですね。

松嶋 その通りです。さらに、国税OBで税務署内に顔が利く人は、限りなく“クロ”に近いグレーであっても、所轄の担当者の上司などに連絡して調査の目を緩めてもらうことがあります。同じ税なのに、人によって納税額が異なってしまうのは、不公平としか言いようがありません。

–ただ、そのようなケースは、節税する必要があるほど資金がある人や事業主に限った話で、それ以外の納税者には関係なさそうですが。

松嶋 そんなことはありません。課税に対する曖昧さは、確定申告の際にも影響してきます。例えば、医療費の項目などは、どこまでが医療費と判断されるのか税務署職員もよくわかっていないため、思わぬ費用が医療費として控除されてしまうことがあります。

 仮に窓口で指摘されても、なぜ通らないのかの理由をしつこく尋ねれば、担当職員が「それなら、お考えの通り申告してください。あとで税務署から連絡するかも知れません」などと、見て見ぬふりをすることがあるので、すぐには引き下がらないほうがいいです。後で連絡するかも、といっても、そういうことは多くはないですね。

 税務調査にしろ、申告会場の窓口にしろ、課税の基準というのは、納税者が思っている以上に曖昧なのです。

●税務署職員もよくわかっていない税の仕組み

–課税が税務署職員のさじ加減で決まる。そんな不公平が起きる原因は、どこにあるのでしょうか。

松嶋 ひとつは、そもそも税に関する法律や規則が複雑で、それらすべてを把握している職員がいない点が挙げられます。確定申告会場の職員にしても、納税者より少しだけ税に詳しい程度ですし、税務調査官は税法を基本的に知りません。

 そのため、グレーゾーンに関しては、さじ加減で課税することがあるのです。また、税理士も、このような税務署の実態を知っているわけではないため、税務調査官に指摘されると、それをよく検証しないで課税に応じるケースもあります。

–法律やルールがきちんと把握されていないために誤指導が起き、税務署職員の裁量で納税額が決まる。そして、納税者が泣き寝入りしてしまうというのが現状なのですね。そうした事態が起きた場合、納税者はどうしたらいいのでしょうか。

松嶋 実践的な話をすると、税務署職員に対応する際に有効なのは、音声を録音しておくことです。誤指導があった場合などは、後にそれが有利な証拠となります。

 ただし、目の前で録音するのは問題がありますので、ICレコーダーなどを見えない場所に忍ばせておくほうが無難でしょう。また、税務署から不当な扱いを受けた時は、その職員の上司や国税局のクレーム担当部署に抗議するのも、ひとつの手です。本人に言ってもらちが明かないケースでも、上の人間や部署に相談すれば、応じてくれることがあります。

–もはや「税務署はミスをするもの」という意識を持ったほうがよさそうですね。ありがとうございました。

 ミスや誤指導もあれば、さじ加減で税が足し引きされることもある。税関係で損をしたくなければ、税務署を疑い、戦う姿勢を持つことも大切なようだ。

 ただし、「グレーゾーンについては強く出てもいいが、明らかな脱税や不正を無理に通そうとすると、懲罰の対象になるため、絶対にしてはいけない」と松嶋氏は語る。当たり前の話だが、権利を主張するのなら、自分自身が潔白でなければならないようだ。

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